2020年12月18日、アメリカ合衆国財務省は連邦公報にて、特定の額を超えるトランザクションについては、アンホステッドウォレット(unhosted wallet、あるいは”self-hosted wallet”や”non-custodial wallet”とも呼ばれる)の場合も含め、当局への報告や当該取引の記録、顧客の本人確認を金融機関や暗号資産業に

求めるという旨の立法案公告(Notice of Proposed Rulemaking: NPRM)を提示しました。この件については、前回のブログ記事にて、暗号資産のアンホステッドウォレットに関わるデータを分析した他、暗号資産業界が遵守しなければならない事項をまとめるとともに、違法活動を少なくするためにどのような取り組みをすべきかについての見解をお伝えしました。

2021年1月4日、弊社は本法案に対するコメントを財務省に対し正式に提出しました。法案に関する懸念と共に、レビュー期間の延長や、報告義務を外し取引記録の保存のみを要件にするなどの提案を含めた内容となっています。全文はこちらから参照できます。

以下に我々のコメントの要点をまとめます。

  1. 本法案について業界がレビューし意見を出す期間がさらに必要であること

    短いレビュー期間により、業界関係者が的確なパブリックコメントを出す機会が減ってしまうことは大きな懸念です。規制当局と事業者双方が、法案や実運用について徹底的かつ適切な評価を行うためにレビュー期間が設けられるはずなので、その影響を考えると十分なレビュー期間は特に重要です。

  1. 本法案のルールを拙速に適用する必要はないこと

    新規ルールを適用したからといってすぐに対処できるような差し迫ったリスクはありません。我々の分析では、全ての暗号資産の取引のうち違法な活動に紐づくものは、ごく小さい割合であることを示しています。これは、多くの場合投資目的で利用されるアンホステッドウォレットについて特に当てはまります。また、アンホステッドウォレット間でやりとりされる暗号資産の大部分の資金源は、法規制下にある取引所です。つまり、法執行機関は、アンホステッドウォレットとから取引を追跡し、そのウォレットの所有者の本人確認情報を持ちうる取引所などのサービスに照会できるということです。

  1. プライバシーやセキュリティ上のリスクが考えられること

    法案では、暗号資産交換業者に対し、アンホステッドウォレットの所有者の住所や氏名を収集し、FinCENに提出することを求めています。FinCENは恐らく受領した情報をデータベースに集約するのでしょうが、もしこのようなデータベースがハッキングにあってしまったら、標的のリストが分かるだけでなく、各々の住所や暗号資産の保有量まで流出してしまいます。暗号資産の利用者は既にフィッシングによる被害を受けている他、一つの企業の顧客データベースから27万件以上の顧客情報が流出した事件も昨年発生しています。もしこのような事件がFinCENで発生したら、被害は27万件だけで済まないでしょう。

  2. 違法な活動が規制の緩い場所の方へ流れてしまうこと

    我々の観測では、62%の違法な暗号資産は最終的にAMLやKYCのコンプライアンスに準拠した取引所で現金化されています。違法な資金のロンダリングに使われている他のプラットフォーム(ミキサーや高リスク国におけるコンプライアンス非準拠の取引所など)における問題には対処していく必要はあるものの、それでも法執行機関は暗号資産のエコシステムにおける取締りができています。2020年だけでも、法執行機関はChainlaysisのツールを使い、15億ドル相当以上の暗号資産の差押え・没収に成功しています。もし本法案が適用されれば、違法な活動は規制の緩い国に流れてしまい、法執行機関が捜査協力の照会を求めることは今よりも難しくなってしまうでしょう。

  3. 暗号資産交換業者に多大なコストを強いる一方、法執行機関にとってのメリットがほとんどないこと

    この法案は、銀行や従来のマネーサービスビジネス(MSB)、暗号資産交換業者に対し、アンホステッドウォレットで一定以上額を取り扱うトランザクションについて、当該顧客やその取引相手の確認を行い、取引レポート(Currency Transaction Report: CTR)を当局に提出するよう求めています。取引相手の情報収集というのは、これまでの暗号資産事業者に課された要件のレベルを超えるものです。銀行などの金融機関はこれまでに取引相手の情報を記録・報告することを求められてきましたが、これを暗号資産交換業者に求めることは暗号資産の性質からして一層困難です。この新規要件は、米国内の暗号資産交換業者に対し多大な規制コストを課すこととなり、将来的な成長の足かせとなりかねません。また、そのような多大なコストの一方で、CTRによって法執行機関が得られるリターンもわずかでしょう。金融機関が法定通貨の取引において当該顧客や取引相手のCTRを提出するケースでは、法執行機関は法定通貨の当該トランザクションについての情報はCTRで提示されるか自ら照会しない限り知り得ません。ところが、暗号資産のトランザクションはパブリックなブロックチェーンに記録されるため、法執行機関は(CTRのような報告がなくとも)アメリカの暗号資産交換業者で発生した取引が既に確認できる状況にあるのです。

上述の懸念を踏まえ、我々は以下を提案します。

  • パブリックコメント期間を延長すること。それによって、既に提出された何百件ものコメントをレビューする期間を確保し、FinCENが業界関係者と十分議論する時間をとり、追加の調査や推奨案の検討を行うこと。
  • 取引相手の情報の収集・報告を求めるCTRの要件を削除し、法定通貨におけるCTRの要件レベルと一貫性を保つこと。
  • 新規ルールは、報告要件ではなく記録保持要件として検討すべきであること。
  • FinCENは、違法な資金源のリスクの削減や暗号資産領域における違法な活動に対抗する一方、暗号資産のテクノロジーの実態に合わせてどのような規制を定めるべきかを民間の代表者と協議すること。

我々はこれからもFinCENや暗号資産のビジネスパートナーと協業し、暗号資産業界における規制が公正かつ効果的になるよう取り組んでいきます。